(日向村庄屋日記)
日向湖と若狭湾をつなぐ運河に大蛇が出て川をふさいでしまい舟が通れず、村人たちは大変困り、村の長老に相談したところ「蛇は自分より大きいものに恐れる性格がある」というので、村人は藁(わら)で大きな綱を造り、運河に常時はっておいたところ、大蛇がその後出なくなり、村人が大変喜び、その縁起の良い綱に少しでも触れたくて水中で引き合ったのが現在伝わる「水中綱引き」である。
スサノヲノ命は、高天原から降りた地を「古事記」に「鳥髪地」としている。日本書記には、「鳥上之峯」と記されている。福井県三方郡と滋賀県高島郡の県境に「赤坂山」標高823.8mと称する山があり、耳川はこの赤坂山に源を発している。大蛇を退治した場所は、古事記に八岐大蛇を「是高志之八俣遠呂智(このこしのやまとのおろち)」と記している。奈良時代に高志と呼ばれた地域は、越前・越中・越後の総称である。
敦賀にも今庄にも大蛇が住む伝説があり、日向の水中綱引きとも、大きなかかわりがあると考えられます。
日本海の寒い時期 毎年1月第三日曜日に 行われます。
太さ37cm長さ40mの綱を、4時間余りの時間を かけて練り上げた。  
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